こんにちは、タレントマネジメント事業開発推進室の倉谷です。
普段は2025年4月にリリースした「TeamSpirit タレントマネジメント」の開発を担当しています。このタレントマネジメント製品の機能改善をしながら、AIを利用した新プロダクト開発にも携わっています。
先日、Salesforce Japanが初開催したハッカソン※「Agentforce Hackathon Tokyo 2025」に参戦してきました!
実際にAgentforceを使って開発してみた感触や、ハッカソンを通じて得られた技術的な気づきについて、皆さんと共有したいと思います。
記事のポイントはココ!
・エンタープライズAI開発では「確定的ロジック」と「曖昧な生成AI」の融合が鍵
・AIと人間の協業には「Human in the loop」の設計が不可欠
・コーディングAIは強力であり、開発プロセスをAIに最適化していく変化が必要
※ハッカソン:ハッカソン(Hackathon)とは、「ハック(Hack)」と「マラソン(Marathon)」を組み合わせた造語。エンジニアやデザイナーらがチームを組み、短期間(数時間~数日)で集中的にソフトウエアやサービスを開発するイベント。
Agentforce Hackathon Tokyo とは
まず、舞台となった「Agentforce Hackathon Tokyo」についてご紹介します。
このハッカソンが掲げたテーマは、「ビジネスの課題解決や生産性向上につながるAIエージェント」でした。最新技術である「Agentforce」を活用し、単なる自動化ではなく、ビジネス課題を解決する「自律的なAIエージェント」を開発することが求められました。
イベントは、9月のエントリー開始から約2ヶ月間の開発期間を経て予選審査が行われるという、長期戦にわたる戦いでした。その難関を勝ち抜いた精鋭20チームだけが参加できるのが、11月14日にSalesforce Japan本社で開催された「Demo Day」です。
Demo Dayでは、各チームが作り上げたAIエージェントの実演(デモ)とプレゼンテーションを行い、技術力とビジネス価値の両面から厳正な審査が行われました。
個人目標と開発テーマ
今回、ハッカソンの参加にあたり、コンペティションとしての入賞を目指すことはもちろんですが、それ以上にエンジニアとして検証したい2つのテーマがありました。
個人目標:
1.コーディングAIはどこまで使えるか?
今回はあえて単独(ソロ)での参加を選択しました。限られた時間の中で、1人で開発を完遂するためには、「コーディングAI」がどれほどの実戦力を持つのか、ペアプログラミングの相手としてどこまで機能するのかを試したいと考えました。
2.Agentforceの実用性(肌感)の検証
話題の「Agentforce」ですが、ドキュメントを読むだけでは分からない「実際の挙動」や「開発の勘所」があります。ビジネスの現場で本当に使えるレベルなのか、その可能性と課題を自分自身の手で触れて確かめることを目標に置きました。
開発テーマ:シフト管理をAIエージェントで、未来の働き方にシフトする
今回私が開発したのは、多くの現場担当者を悩ませるシフト管理の課題を解決する「シフト管理エージェント」です。
【現場の課題】
シフト作成は、単なるパズルではありません。そこには、以下のような複雑な課題が絡み合っています。
●工数肥大化:Excelやスプレッドシートでの手作業による工数の肥大化
●複雑な条件考慮:「Aさんは夜勤NG」「Bさんは今月休み希望が多い」といった複雑な勤務・希望条件の考慮
●連絡の錯綜:突発的な欠勤による再調整と、Slack/メールでの連絡の錯綜
結果として、担当者は常に調整に追われ、現場の疲弊を招いています。この課題を、AgentforceとSlack連携、そして独自に実装した「推論エンジン」で解決することを目指しました。
実装機能、技術的アプローチ、そして成果
実装したエージェントの機能
今回実装したエージェントの機能は、単なる「希望集計」にとどまらず、現場のマネージャーが最も頭を抱える「調整業務」の自律化を目指しました。
1.シフト希望やシフト変更の収集
・Slackから自然言語でチャットするだけで、来月の希望や今月の変更を登録・確認する。
2.シフト生成(初期作成)
・組織に必要な人数の人員配置、従業員の希望、労働基準法などの制約条件を考慮し、ベースとなる月次シフト表をAIが自動生成する。
3.自律的なシフト変更調整
・従業員からの変更申請をマネージャーが承認した際、「その日の人数が足りなくなる」という事態をAIが即座に検知する。
・AIが代わりに出勤可能な従業員を自動で選定してシフトを書き換え、Salesforceの通知機能を使って自動でお知らせを送る。
・これにより、マネージャーは「承認」ボタンを押すだけで、パズルの穴埋めまで完了する。
4.シフト表の確認
・確定・更新されたシフトをチャット上で確認する。
技術的アプローチ:独自実装した「推論エンジン」が核心
今回の開発の核心は、Agentforceの標準機能だけに頼らず、複雑なシフト条件をクリアするために独自に実装した「推論エンジン」にあります。推論エンジンとは、AIに「考えさせる」ための仕組みです。
単にLLM(大規模言語モデル-ChatGPTのような文章を生成するAIのこと)にプロンプト(AIへの指示文)を投げるだけでは、複雑なシフト条件をクリアすることは困難です。
そこで今回は、Models API を利用して、以下のようなアーキテクチャを構築しました。
1.ベース生成:LLMが初期案を生成。
2.スコアリング(評価):生成されたシフト表に対し、「労働基準法」「必要人数」「個人の希望」の観点からApexでスコアを算出。
3.改善ループ(独自の推論エンジン):
ここが最大の工夫です。 Agentforce自体には「試行錯誤して質を上げる」機能はありません。 そこで、
・「スコアが低い場合、AIに『どう直せばスコアが上がるか』を考えさせ、データを修正し、再度スコアリングする」という再帰的なループ処理を独自に実装。
・このループを回すことで、AIは「あ、ここを変えると労働基準法に引っかかるのか」と自己修正を行い、実用的なシフト表へと収束させる。
AI相棒「Claude Code」との共闘
今回、私の「唯一のチームメイト」として活躍してくれたのが コーディングAIである「Claude Code」 です。 Agentforce自体はほぼ初心者の状態からのスタートでしたが、AIとの役割分担を明確にすることで、限られた時間の中で開発スピードを維持できました。
主な役割分担
●実装の主力
Agentforceのトピックやアクションの実装はAIに一任。ほぼ一発で動作するロジックを作成してくれました。
●プロンプトの高度化
Agentforceのトピックやアクションに設定する指示も、人間が考えるより高度な内容をAIが提案してくれました。
●発表スライドのレビュー
スライド作成時、「ハッカソンピッチとして何が刺さるか」の壁打ち相手としても非常に優秀でした。
人間は「アーキテクチャ設計(推論エンジンの考案)」と「テスト」に集中し、コード生成とデバッグはAIに任せる。この分業がなければ、一人での完走は不可能だったでしょう。
当日のDemo Dayの様子はYouTubeで確認できます。 どのチームも完成度が高く、見応えのあるデモばかりでした。
ぜひご覧ください!
【初代王者は誰だ?】革新的なAIエージェント デモ大会!Agentforce Hackathon Tokyo(前編)|Salesforce
倉谷さんの登場は、前編の「40:19」からです!
引用元: YouTube
【AIエージェント開発の頂点へ!】未来を変えるAIエージェント決定戦!Agentforce Hackathon Tokyo(後編)|Salesforce
引用元: YouTube
ハッカソンの結果と学び
ハッカソンの結果:入賞を超えた個人的な収穫
結果として、入賞には届きませんでした。
しかし、当初の目的であった「コーディングAIがどこまで使えるか」「Agentforceの実用性」を肌で感じることができ、個人的な満足度は非常に高いものとなりました。
手応えと課題
技術的な挑戦だった「スコアリングによる最適化」については、デモとして一定納得いくレベルまで実装できました。
開発を通じて、最もこだわったのが、AIエージェントの「オブザーバビリティ(可観測性)」の向上です。
AIの「思考」を可視化する重要性
シフト管理は、働く人の生活に関わるデリケートな業務です。結果だけを提示するブラックボックスなAIでは、現場のマネージャーは安心して承認できません。
今回は、AIがシフト調整を行った際、「なぜその変更が必要だったのか」「具体的にどう動かしたのか」という思考プロセスを詳細なログとして出力するように実装しました。
AIの判断理由を人間が透明性高く確認できる仕組みを作って初めて、「AIエージェントと人間が真の意味で協業できる」のだと強く実感しました。
ロジックから「生成」へ―柔軟性と厳格さの両立
技術的に最も挑戦的だったのが、「プログラム記述から生成AIへの転換」です。
従来は、「Aさんが休みの場合はBさんを確認し…」といった膨大な条件分岐(if文)を人間が実装する必要がありました。今回はこれを廃し、状況と条件を渡して「生成AIに調整案を丸ごと生成させる」アプローチをとりました。
その結果、「Aさんの穴を埋めるために、スキルが合うBさんを移動させる」といった、人間がパズルを解くような柔軟な連鎖調整が可能になりました。一方で、労働基準法などの厳密なルールをどう守らせるかについては、プロンプト制御の難しさを痛感しました。この「柔軟性と厳格さの両立」こそが、今後の課題です。
最大の収穫:「確定的ロジック」と「曖昧な生成AI」の融合
今回のハッカソンを通じて得た一番の学びは、「確定的なロジック」と「曖昧性のある生成AI」の融合にこそ、真のビジネス価値があるということです。
シフト管理には「労働基準法」や「最低人員数」といった、絶対に守らなければならない確定的なルール(ロジック)が存在します。一方で、「AさんとBさんは相性がいい」「全体のバランスを整える」といった調整には、生成AI特有の曖昧で柔軟な判断力(エージェント)が不可欠です。
どちらか片方だけでは機能しません。 今回実装した「AIが生成した案(曖昧性)を、Apexのスコアリング(確定的ロジック)で評価し、修正させる」というアーキテクチャは、まさにこの両者のいいとこ取りを狙ったものでした。 「厳格なルールを守りつつ、AIの創造性で解を導く」。このハイブリッドなアプローチは、今後のエンタープライズAI開発の有効な手段になり得ると感じました。
「コーディングAI」が変える開発スタイル
もう一つの検証テーマであった「コーディングAIの実用性」についても、確かな手応えを得ました。
今回、私は1人で参加しましたが、短期間で複雑なAgentforceの実装を行えたのは、間違いなくコーディングAIの力があったからです。 コードやメタデータの実装、エラーの原因分析と修正をAIに任せることで、人間は「どのようなエージェントにするか」「ビジネスロジックはどうあるべきか」という設計と思考の上流工程に集中できました。「AIをペアプログラマーとして使うことで、個人の開発生産性は劇的に向上する」。この感覚を肌で掴めたことは、エンジニアとして大きな収穫です。
とはいえ、今回うまくいったのはハッカソンという特殊な条件があったからだとも思っています。ゼロから小さなアプリを作る、モックを素早く形にする——こういった場面では本当に頼りになりました。一方で、大規模なプロダクションコードへの適用や品質保証、チームでの保守となると課題も見えてきます。単にAIを導入するだけでなく、開発プロセス全体を「AIファースト」で見直す必要があるのではないか― そんなことを考えさせられました。
ハッカソンの先に考えていたこと
エージェントが単にシフトを組むだけでなく、従業員の間に入って「この日、代われませんか?」と交渉・仲介する機能まで作りたかったです。
シフト調整で最もストレスフルなのは、実はシフト作成そのものではなく、人と人との調整です。「あの人にはお願いしづらい」「また自分ばかり頼まれる」といった、現場の人間関係に起因する摩擦は、マネージャーの心理的負担になっています。ここをエージェントが引き受けることができたら、現場は本当に楽になるのではないか。そんな可能性を強く感じています。
今回のハッカソンで痛感したのは、「エンジニアの役割の変容」です。 人間はコーディングという作業から解放され、「何を解決し、どうAIを導くか」という本質的な設計に集中する時代が到来しました。
一人であっても、AIという相棒がいればここまで実装できる。これは紛れもなく、ソフトウェア開発のパラダイムシフトです。
急速なAIの進化の中で、人間側も大きく変わる必要がある——。そう強く心に刻んだ挑戦でした。
ハッカソンは、普段の業務では触れない技術に短期集中で向き合える貴重な機会です。入賞できなくても、手を動かして得た経験は確実に自分の糧になります。興味のある方は、ぜひ次の機会に挑戦してみてください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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