icon__keyword icon__new icon__pickup icon__sns-x icon__sns-facebook icon__sns-hatena-blog icon__external-link
HOME

【社労士・松井先生に聞く】いまさら聞けない「骨太の方針」とは?経済対策から読み解く労基法改正の行方と人事労務の備え

【社労士・松井先生に聞く】いまさら聞けない「骨太の方針」とは?経済対策から読み解く労基法改正の行方と人事労務の備え

2026年7月21日、高市内閣初となる「経済財政運営と改革の基本方針2026(骨太の方針2026)」と「日本成長戦略」が同時に閣議決定されました。岸田内閣時代の「新しい資本主義」から一線を画し、「強い経済」の実現に向けた成長戦略が示されています。

テレビや新聞などのニュースでは「17の戦略分野に対する巨額投資」といったマクロ経済のトピックが大きく報じられていますが、注目すべきはその背景にある「働き方や労働市場のルール」が今後どう変わるのかという点です。

今回の「骨太の方針2026」および「日本成長戦略」は、私たちの労働環境や労働基準法(労基法)の見直しとどのように接続しているのでしょうか。
社会保険労務士として多くの企業の人的資本経営を支援されている松井勇策先生にお話を伺いました。

松井勇策先生}

松井勇策先生

産学連携シンクタンク iU組織研究機構 代表理事・社労士。情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(人的資本経営・雇用政策)。社労士・公認心理師・AIジェネラリスト。
時代に応じた先進的な雇用環境整備について、雇用関係の制度や実務知識、特に国内法や制度への知見を基本として、人的資本経営の推進・AIやICT関係の知見を融合した対応を最も得意とする。
人的資本経営の導入コンサルティング・先進的なAIやDX対応の雇用環境整備コンサルティング・国内の上場やM&Aに対応した人事労務デューデリジェンスなどに多くの実績がある。
著書『現代の人事の最新課題』『人的資本経営と開示実務の教科書』シリーズほか。東京都社会保険労務士会 先進人事経営検討会議 議長・責任者、人的資本経営検定 監修・試験委員長。

いまさら聞けない「骨太の方針」と「日本成長戦略」の基本構造

編集部:
松井先生、本日はよろしくお願いいたします。まず初歩的な質問から恐縮ですが、そもそもニュースでよく耳にする「骨太の方針」とはどういう位置付けの文書なのでしょうか?

松井先生:
よろしくお願いします。
「骨太の方針」の正式名称は「経済財政運営と改革の基本方針」といい、一言で言えば「国が1年に1回発表する、政策の基本方針を示した最高レベルの公式文書」です。
歴史的には、2001年の小泉内閣の際に「経済財政諮問会議」を舞台として始まりました。官僚主導になりがちだった予算編成に対して、首相をはじめとする政治主導で「その年の予算配分をどういう優先順位で決めていくか」の大枠を決定するための仕組みとして定着したものです。一時期途切れた時期もありましたが、安倍内閣以降は毎年閣議決定される政治上の重要な慣例となっています。

編集部:
今回、2026年7月21日に発表された骨太の方針においては、「日本成長戦略」という文書も同時に閣議決定されましたね。この2つの関係性はどのように捉えればよいのでしょうか?

松井先生:
これは今回の一番重要な構造的ポイントです。骨太の方針は、主に常設の「経済財政諮問会議」が策定する「単年度の予算取りを中心とした基本計画」という側面が強い文書です。一方で、今回の「日本成長戦略」は、内閣直轄の「日本成長戦略会議」において外部の有識者も多く入って議論された、いわば「内閣の中長期的な政策実施のグランドデザイン(中期計画)」にあたります。
骨太の方針の本文中にも、「成長戦略に盛り込まれた施策を着実に実行に移し」、「日本成長戦略会議で具体化された官民投資ロードマップ等を踏まえ、政府全体の予算編成に明確に接続する」と明確に書かれています。つまり、骨太の方針で打ち出された「強い経済」というテーマの具体的な中身やアクションプランを解きほぐすには、「日本成長戦略」をセットで読み解く必要があります。

編集部:
マクロな経済・財政政策である骨太の方針を「自分たちの日々の実務には遠い話」と感じてしまう担当者も少なくないと思います。なぜ企業の現場で働く人事労務担当者や経営者がチェックしておかなければならないのでしょうか?

松井先生:
理由は大きく2つあります。
1つ目は、「国の政策方針は、将来の法改正・人事施策・採用・労働市場のトレンドの起点になるから」です。企業が大きく影響を受ける雇用関連の法案やさまざまな公的な支援施策は、すべてこの骨太の方針や成長戦略で示された方向性をもとに作られます。国がどの分野に注力しようとしているのか、どのような社会的課題を重視しているのかという社会背景を理解しておくことは、組織人事や採用戦略を立てる上で不可欠です。
そして2つ目、これが近年ますます重要になっているのですが、「雇用関連法令の性質自体が、昔と今で大きく変化してきているから」です。

編集部:
法令の「性質」が変わってきている、とはどういうことでしょうか?

松井先生:
例えば、2010年代に行われた働き方改革関連法での労基法改正を思い浮かべてみてください。「時間外労働の上限は原則月45時間・年360時間、臨時的な特別の事情があっても年720時間以内」といった明確な数値規制が導入されましたよね。これはいわば「紋切型の規制」であり、法律の背景や趣旨を企業側が深く理解していようがいまいが、提示された数値ルール(上限時間)を厳格に守らなければ即違反となるタイプの法律でした。  

しかし、最近の労働施策や法改正の潮流はまったく異なります。例えば「カスタマーハラスメント(カスハラ)防止」や「就業環境の整備」、あるいは「多様で柔軟な働き方の推進」などは、単に「○時間以内」といった一律の数字を守れば済むものではありません。「なぜその施策が必要なのか」「国や社会がどのような組織風土を求めているのか」という政策のバックグラウンドや趣旨を企業が正しく汲み取った上で、自社に合った仕組みやコミュニケーションを主体的に設計しなければ、まともな対応ができない性質のものになっているのです。 表面的な法改正のニュース(結論)だけを見て「就業規則をどう変えればいいか」と対応するだけでは、本質的な組織の課題解決になりません。
だからこそ、大元である骨太の方針や成長戦略のレベルから政策の動向を追いかけ、その背景にある社会構造の変化を理解しておくことが、これからの人事労務には必要なのです。

17の戦略投資の裏にある「8つの分野横断的課題」への視点

編集部:
今回閣議決定された「骨太の方針2026」および「日本成長戦略」において、松井先生が特に注目されたポイントやメッセージについて教えてください。

松井先生:
経済政策の全体像として私が最も重要だと感じたのは、「AIの活用を前提として、社会や産業、教育、そして働き方の在り方そのものを再構築する」という強い姿勢が貫かれている点です。
ニュースや新聞の報道を見ると、「半導体や脱炭素、防衛、AIといった17の戦略分野※1に対する官民投資」というトピックが目立ちます。しかし、企業経営や人事労務の観点から見るべきは、そうした個別投資を支える基盤として整理されている「8つの分野横断的課題※2です。従来の骨太の方針では、「産業振興(経済施策)」と「働き方・労働施策」は、比較的切り分けられて議論される傾向がありました。しかし今回の骨太方針では、「労働力供給の制約(深刻な人手不足)」という直面する現実に対し、産業構造の改革と働き方のアップデートが一元化・一体化されて捉えられています。

編集部:
具体的には、どのような形で「産業」と「働き方」が組み合わされているのでしょうか?

松井先生:
分かりやすい例が、今回改めて大きくスポットが当てられた「アドバンスト・エッセンシャルワーカー(建設、物流、介護・福祉など)」の領域ですね。
建設や物流などの現場で働くエッセンシャルワーカーの方々は、社会のインフラを支える不可欠な存在でありながら、従来は長時間労働や低い生産性、賃金面の停滞が課題視されてきました。今回の成長戦略では、こうした現場にAIやDX技術を強力に投入することで労働環境を自律化させ、高付加価値化と賃上げを達成していくという方針が明示されています。

単に「人手不足だから残業規制を緩める」とか「補助金を配る」という従来の発想ではなく、AIを活用して産業構造そのものを高付加価値化し、それによって働く人たちの自律的な活躍と処遇改善を実現する―。この「成長と働き方の一体改革」というストーリーラインが、今回の骨太方針の太い幹になっています。


※1 17の戦略分野:AI・半導体・サイバーセキュリティ、情報通信、量子、防衛産業、航空・宇宙、海洋、造船、マテリアル(重要鉱物・部素材)、合成生物学・バイオ・創薬・先端医療、資源・エネルギー安全保障・GX、フュージョンエネルギー、防災・国土強靭化、港湾ロジスティクス、フードテック、コンテンツの17分野

※2 8つの分野横断的課題:新技術立国・競争力強化、スタートアップ、金融を通じた潜在力の解放、人材育成、労働市場改革、家事等の負担軽減、賃上げ環境整備、サイバーセキュリティの8つ

雇用・働き方における「4点セット」と労基法改正へのリアルな接続

編集部:
先ほどおっしゃられた「8つの分野横断的課題」の中には、雇用や働き方に直接関連する項目がいくつか並んでいますね。経営者や人事担当者はこれらをどう捉えるべきでしょうか?

松井先生:
8つの横断的課題のなかでも、特に人事労務に直結するのが以下の課題です。

・人材育成(リスキリング)
・労働市場改革
・家事等の負担軽減
・賃上げ環境整備


例えば「家事等の負担軽減」という項目は、単なる福祉施策のように見えますが、配置を見ても分かる通り、「労働市場改革における女性活躍推進」と強力に接続されています。家事や育児・介護の負担を社会全体やテクノロジーで軽減しなければ、女性をはじめとする多様な人材が本当の意味でキャリアを継続し、労働市場で活躍することはできません。
社会の変化やAI協働が進む中で、リスキリング(人材育成)によって高付加価値なスキルを身に付け、柔軟な労働市場の中で最適なポジションへ移動・活躍する重要性は、まず最初に書かれています。そのような市場に、多様な活躍支援で参加する人材を増やしていくというストーリーになっています。
その結果として企業の生産性が向上し、持続的な賃上げ(賃上げ環境整備)が可能になる。すべてが循環する一つのエコシステムとして設計されているのです。

編集部:
では、その大枠の成長戦略や雇用方針は、具体的に私たちが直面する「労働基準法(労基法)」の見直しや法改正にどのように接続・反映されていくのでしょうか。

松井先生:
今回の骨太の方針の本文や脚注(特に脚注65など)を細かく読み解くと、厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」などで議論されてきた具体的な労務論点が、政策方針として継承・位置付けられていることが分かります。

具体的には、以下のような論点です。
・健康確保措置を前提とした「裁量労働制」の見直し・柔軟化
・「勤務間インターバル制度」の導入促進や終業後の休息時間の確保
・「変形労働時間制」など労働時間規制のさらなる柔軟化
・「副業・兼業」における健康確保のあり方(労働時間制度等を含む)

国が目指している全体像は明確です。「深刻な人手不足(労働力供給制約)」という時代において、企業が成長し続けるためには、従来の「一社に縛り付けて一律の時間管理で働かせる」というモデルは限界を迎えています。そのため、働く人たちの健康を担保(インターバル確保や過重労働防止)した上で、より自律的で柔軟性の高い働き方(裁量労働、副業、多様な時間制度)を選べるように労基法等のルールをアップデートしていこうとしているのです。

人事労務担当者・経営層が今すぐ進めるべき「備え」とHRDX

編集部:
今後、厚労省での議論を経て労基法改正やガイドラインの改定が進んでいくと予想されますが、企業は今からどのような実務的準備を進めておくべきでしょうか?

松井先生:
これからの法改正対応において、「法案が国会を通って施行日が決まってから、慌てて就業規則の条文だけを書き換える」という従来通りの受動的な対応では、企業は厳しい状況になっていくと思います。

先ほども申し上げた通り、今後の労務ルールは「自律的で多様な働き方」を認める方向へとシフトしていきます。企業側に「制度を適用するかどうか、どう運用するか」の選択肢を委ねられる余地が大きくなるということです。
そうなったとき、企業に必要なのは「規制を守るためのルール変更」ではなく、「自社はどのような経営戦略・事業方針のもとで、どういう働き方を従業員に提供するのか」という『企業としての働く世界観』を定義することです。

・自社は自律的な裁量労働を高めていく組織を目指すのか
・時間外労働を徹底的に減らし、勤務間インターバルを厳格に運用して健康経営を売りにするのか
・ 副業や外部人材の活用を全面的に解禁して開放的な組織をつくるのか  

こうした方針は、人事労務の担当者だけで決められるものではありません。経営陣と一体となって「人材戦略」として議論しなければならない領域です。

編集部:
経営戦略と一体となった働き方の構築は非常に重要ですが、そのためには具体的に現場で何が必要になるのでしょうか?

松井先生:
経営と人事を接続するための絶対的な下地となるのが、「HRDX(人事領域のDX)」を通じたファクト(データ)の把握です。

自社の中に、どのようなスキルを持った人が、どれくらいの時間働き、単に時間で区切られた勤怠記録という意味だけでなく、働く内容や質がどうなのか。どんなモチベーションやコンディション(パルス)で過ごしているのか。就業時間外の休息時間がどう確保され、過重労働のリスクがどこにあるのか。こうした「現場のリアルなデータ(ファクト)」が可視化されていなければ、経営陣も人事も、戦略的な働き方の転換や適切な労働時間の制度設計はできません。

「感覚的な人事管理」や「手作業での集計」に頼っている状態では、今後加速する自律的で多様な働き方のルール改定についていけなくなります。企業規模の大小にかかわらず、勤怠管理システムやHRテックを活用したDX基盤を整え、自社の働き方のファクトを正確に掴むことが、労働基準法改正への「備え」になります。

編集部:
ありがとうございます。今回の松井先生のお話を通じて、「骨太の方針2026」や「日本成長戦略」で語られている施策が、いかにして現場の労務管理や就業規則、そして勤怠管理システムの重要性と地続きになっているかが理解できました。
それでは最後に、チムスピParkの読者に向けてメッセージをお願いします。

松井先生:
今回の「骨太の方針2026」と「日本成長戦略」を読むと、国が目指す経済社会の方向性と、それに伴う働き方の未来図がかなりハッキリと描かれていることが分かります。
単なる「法令遵守の対応」にとどまらず、政策の趣旨や社会の流れを読み解き、自社の経営陣とともに「働く価値や環境をどう創り出すか」を語り合う「戦略パートナー」となることが、人事労務担当者に求められていることだと思います。
まずは自社の勤怠・労務データの基盤を固め、働く現場の実態を掴むことから始めてみる。そして、根拠あるデータをもとに経営と対話し、新しい時代の働き方をデザインしていく。それこそが、これからの企業に求められる挑戦だと思います。本日はありがとうございました。

編集部:
松井先生、ありがとうございました。

「骨太の方針2026」から読み解く 労働基準法改正はどうなる?

こちらも併せてご覧ください!

引用元: YouTube

16 件

関連するタグ

募集職種一覧

関連する記事

  • TeamSpirit ONE 2026 開催レポート ー 法を、翼に ー

    TeamSpirit ONE 2026 開催レポート ー 法を、翼に ー

    2026年6月22日、チームスピリットは、フラッグシップイベントであり、コロナ以降初の自社開催カンファレンス「TeamSpirit ONE」を開催いたしました。

  • 【専門家対談】2027年の労働基準法改正を見据えて。TeamSpirit パルスサーベイが「経営インフラ」となる理由

    【専門家対談】2027年の労働基準法改正を見据えて。TeamSpirit パルスサーベイが「経営インフラ」となる理由

    2025年12月、「TeamSpirit パルスサーベイ」のリリースが発表されました。「人的資本経営」や「ウェルビーイング」が経営の重要課題となる中、現場では「従業員のコンディションが見えにくい」「サーベイを実施しても形骸化してしまう」といった悩みが尽きません。 そんな中、TeamSpiritの新機能「パルスサーベイ」が、組織の状態をリアルタイムに可視化するツールとして注目を集めています。

  • 40年ぶりの労働基準法大改正 ~制度対応から、未来の組織づくりへ~ みんなで考えるワークショップ開催レポート

    40年ぶりの労働基準法大改正 ~制度対応から、未来の組織づくりへ~ みんなで考えるワークショップ開催レポート

    2027年に予定されている労働基準法の抜本的改正は、単なる法令遵守の義務を超え、企業の人的資本経営とつながる戦略人事への転換を決定づける大きな契機となります。